理事長コラム

門司誠一の思いをつづります。

  • 2026.10.22

     大学を卒業し、歯科医師免許を取得した私は、故郷へ戻り、地域の歯科医療を担うことになるものと思っていました。

     しかし、人生は必ずしも自分が思い描いた道のとおりには進みません。

     私は、父が理事長を務める学校法人に入職することになりました。そこでは、歯科衛生士、歯科技工士、介護福祉士、社会福祉士など、医療・福祉の専門職を養成する専修学校を運営していました。歯科医師として臨床の世界に進むのではなく、私は教育と学校法人の運営という、いわば「異業種」の世界に足を踏み入れることになったのです。

     もちろん授業も担当しましたが、仕事は教壇に立つことだけではありませんでした。就業規則、給与規定、寄附行為……。それまで馴染みのなかった規程や文書と向き合い、毎日のように活字との闘いが始まりました。ビジネス文書の作成、講師の依頼や交渉、学生の問題への対応まで、学校を運営するということが、単に教育をすることではないことを身をもって学びました。

     そして、専門学校を新たに設立する仕事にも携わることになりました。平成9年、私は設立準備室長の名刺を持たされ、長崎県諫早市に介護福祉士養成校を設立する仕事に関わりました。当時、私はまだ30歳。専任教員の採用、非常勤講師の依頼、実習施設の確保、設置認可申請書の作成など、やらなければならないことは山積でした。

     非常勤講師や介護実習の依頼に行くと「一切協力しない」と吐き捨てられ、ある方からは、「他校の学生が減る」など驚くような言葉をいただくこともありました。

    「本当にこれで学校をつくることができるのか」と自問しながら、それでも一つひとつ課題をクリアし、設立に向けて奔走しました。振り返れば、あの時の経験が、その後の私の人生に大きな意味を持っていたと思います。

     学校をつくるということは、建物を建てることでも、書類を整えることでもありません。教員を集め、学生を迎え、実習先や地域の協力を得て、行政の理解を得ながら、多くの人の力を一つにして初めて成り立つものです。その後、学校法人は平成15年には鍼灸師科を設立。平成17年には歯科衛生士科を3年制へ移行し、平成20年には柔道整復師科、平成22年には看護師科を順次設立しました。

     その歩みの一つひとつに、多くの方々との出会いと協力がありました。私自身も、学校運営の現場でさまざまな人と出会い、時には厳しく叱られ、時には支えていただきながら、少しずつ経営というものを学んでいきました。

     長年にわたり、私は副校長、そして学校法人の常務理事を務めましたが、令和4年12月31日、父が他界しましたが、翌令和5年1月の理事会において、私は理事長に指名されました。父が歯科衛生士養成学校を創設してから、実に55年。創設者である父から私への理事長交代でした。

     今思えば、「異業種へ」と飛び込んだことで、私は歯科医療だけでは得ることのできなかった多くの経験を積むことができました。そして、教育、医療、福祉という、人を支える仕事の共通点にも気づかされました。それは、どの仕事も最後は「人」に行き着くということです。

     学生を育てることも、職員を支えることも、地域の医療や福祉を守ることも、一人の力では成し遂げられません。多くの人との出会い、協力、信頼の積み重ねがあってこそ、組織は歩み続けることができます。

     今、私は理事長として組織の未来を考える立場になりました。これまで出会った人々への感謝を忘れず、父から受け継いだものを大切にしながら、時代の変化にも柔軟に対応していく。そして次の世代へ、より良い形でバトンを渡していく。

    それが、今の私に与えられた責任なのだと思っています。

  • 2026.10.13

     世の中には、法律や規則には書かれていないものの、いつの間にか「そうするものだ」と考えられている決まりがあります。いわゆる「不文律」です。不文律には、長い年月の中で培われてきた知恵や礼儀もあります。先輩を敬う、相手の立場を考える、困っている人がいれば助ける――こうしたものは、文章に書かれていなくても、社会を支えてきた大切な価値観でしょう。しかし、その一方で、時代が変わったにもかかわらず、昔のまま残っている不文律もあります。

     例えば、「若い人はまず先輩の言うことを聞くものだ」「上司より先に帰ってはいけない」「仕事は背中を見て覚えるものだ」「電話は若手が取るものだ」といった職場の慣習です。かつては、それなりの合理性があったのかもしれません。しかし、働き方や人間関係が大きく変わった現在、それらを当然のこととして押し付ければ、若い世代からは「なぜ、そうしなければならないのか」と疑問を持たれることになります。特に気になるのは、「昔からそうしてきた」という言葉です。この言葉は便利な反面、非常に危険でもあります。なぜなら、「昔から続いていること」と「今も必要なこと」は、必ずしも同じではないからです。

     社会は変化しています。家族の形も変わり、働く人の価値観も変わりました。デジタル化が進み、仕事の進め方も大きく変わっています。かつては長時間職場にいることが仕事への責任感の表れだった時代もありましたが、現在では限られた時間の中で、いかに成果を上げるかが問われます。福祉の現場も例外ではありません。高齢者介護や保育の仕事は、人と人との関わりが中心です。そのため、経験や先輩から受け継ぐ知恵は非常に重要です。しかし、「経験者の言うことだから正しい」と考えてしまえば、新しい発想が入り込む余地がなくなります。

     むしろ、若い職員から「このやり方は、今の時代に合っているのでしょうか」と問い掛けてもらうことが大切なのではないでしょうか。伝統を守ることと、古い習慣をそのまま残すことは違います。守るべきものは守る。しかし、変えるべきものは変える。その判断には、時代を見る目が必要です。不文律というものは、明文化されていないだけに、かえって見直しにくいものです。「誰も決めていないのに、誰も変えられない」という不思議な状態が生まれます。だからこそ、ときには「これは、なぜ続いているのだろう」と立ち止まって考えてみる必要があります。

     もちろん、何でも新しくすればよいというものでもありません。挨拶をする。約束を守る。相手を敬う。困っている人を助ける。責任を持って仕事をする。こうしたものまで「古い考え」として捨ててしまえば、社会はかえって息苦しくなるでしょう。大切なのは、形ではなく、その根にある意味を考えることです。「上司より先に帰ってはいけない」という慣習があったとしても、その根に「仕事への責任を果たす」という考えがあるのであれば、残すべきなのは責任感であって、「上司より後に帰る」という行為そのものではありません。

     「若者は先輩に従う」という考えも同じです。残すべきなのは、先輩への敬意であって、若い人の意見を封じることではありません。時代が変われば、同じ価値を実現する方法も変わります。私は、これからの組織に必要なのは、「昔はどうだったか」だけではなく、「今、本当に必要なのか」と問い直す姿勢だと思います。長く続いているものには、それなりの理由があります。しかし、長く続いていること自体が、正しさの証明になるわけではありません。不文律を一つひとつ見直してみる。その作業は、過去を否定することではありません。むしろ、先人たちが大切にしてきたものの中から、本当に次の時代へ残すべきものを選び取る作業なのではないでしょうか。

     「昔からこうだから」ではなく、「これからも必要だから」。そんな理由で受け継がれていくものこそ、本当の意味での伝統なのだと思います。時代が変わるからこそ、変えてはいけないものが見えてくる。そして、変えるべきものを変える勇気もまた、組織を次の時代へつなぐために必要なものなのです。

    棚田百選に選ばれている「つづら棚田」福岡県うきは市

  • 2026.09.01

     長かった猛暑の夏も、ようやく終わりを迎えようとしています。九月の声を聞くと、それだけで少しほっとするのは私だけではないでしょう。今年の夏も、連日のように「危険な暑さ」という言葉を耳にしました。朝から気温が高く、日中は外に出ることさえためらうほどの暑さ。高齢者施設においては、利用者の皆さまの健康管理はもちろん、職員自身の体調にも細心の注意を払う必要がありました。

     暑さの中で、日々の介護や保育の仕事を続けてくれた職員の皆さんには、改めて感謝を申し上げたいと思います。九月になったからといって、すぐに涼しくなるわけではありません。しかし、暦の上では秋。朝夕の風や空の高さ、虫の声など、少しずつ季節の変化を感じる時期となります。

     私たちの仕事も、決して一朝一夕に成果が表れるものではありません。高齢者の方への声かけ一つ、子どもへの温かなまなざし一つ、毎日の小さな積み重ねが、安心や信頼につながっていきます。猛暑を乗り切った今だからこそ、九月は「立ち止まって周囲を見渡す月」にしたいものです。夏の疲れが出るのも、この時期です。体調を崩さないよう、自分自身をいたわることも仕事の一つだと思います。十分な睡眠と食事を心掛け、無理をしない。職員同士で声を掛け合い、互いの体調を気遣う。そうした職場の雰囲気こそが、利用者の皆さまや子どもたちへのより良いサービスにもつながります。

     そして九月といえば「敬老の日」があります。長い人生を歩んでこられた高齢者の皆さまに敬意と感謝を表す大切な日です。人生の先輩方から学ぶことは、まだまだたくさんあります。昔の暮らし、仕事、家族、地域のこと。何気ない会話の中に、その人が歩んできた人生があります。介護とは、単に身の回りのお世話をすることではなく、その方の人生そのものに寄り添う仕事なのだと、改めて感じます。

    高齢者施設前に咲きほこるコスモス

     一方、保育の現場では、子どもたちが夏を越えて一段と成長する季節です。できなかったことができるようになり、友だちとの関わり方を覚え、一人ひとりが少しずつ大きくなっていきます。高齢者も子どもも、それぞれの時間の中で成長し、変化しています。私たちの役割は、その変化を見逃さず、そっと支えることなのかもしれません。

     猛暑の夏を乗り越えた九月。これから秋が深まり、食欲の秋、読書の秋、スポーツの秋へと季節は進んでいきます。まずは、職員の皆さんが健康であること。そして、利用者の皆さま、子どもたちが穏やかに毎日を過ごせること。それが何よりの願いです。暑さで少し疲れた心と身体をゆっくり整えながら、新しい季節を迎えたいと思います。九月が、皆さんにとって「少し心に余裕を取り戻せる月」となることを願っています。

    本法人のコスモス農園で収穫されたさつま芋
  • 2026.07.24

     今年も「危険な暑さ」という言葉を耳にしない日はありません。かつて夏は「暑い季節」でしたが、今では命を守ることを最優先に考えなければならない季節へと変わりました。気象庁では最高気温30℃以上を「真夏日」、35℃以上を「猛暑日」と呼びますが、猛暑日という言葉が一般に使われるようになったのは比較的新しく、近年の気候変動を象徴する言葉でもあります。今年は厳しい暑さを受けて、40℃以上という極めて危険な暑さを示す言葉として、気象庁が新たに「酷暑日」と言う予報用語を制定しました。近年は真夏日や猛暑日の年間日数が全国的に増加する傾向にあります。

     私が子どもの頃、夏休みは朝の涼しい時間に宿題を済ませるのが当たり前でした。ラジオ体操から帰り、「涼しい午前中のうちに宿題を終わらせなさい」と親に言われたものです。当時は午前中であれば窓から風が入り、扇風機だけでも何とか過ごせました。午後になると川遊びや虫取り、野球に夢中になり、夕方には家路につく。そんな夏の日常がありました。

     スポーツも同じです。私が若い頃のゴルフでは、帽子をかぶらずプレーする人が珍しくありませんでした。炎天下でも背筋を伸ばし、汗を拭きながら18ホールを歩き切ることが美徳のような時代でした。しかし、それは当時の気候だからこそ可能だったのでしょう。今では日本ゴルフ協会も、帽子の着用や日傘の活用、十分な水分・塩分補給を呼びかけています。無帽でのプレーは、もはや根性や礼儀ではなく、熱中症の危険を高める行為になり得ます。

    佐賀県鳥栖市 ブリヂストンカンツリー倶楽部

     一方で、昔から受け継ぎたい知恵もあります。「涼しいうちに仕事を済ませる」という生活の知恵です。早朝の散歩、午前中の買い物、庭仕事、勉強や読書もできるだけ朝に済ませる。体への負担を減らす先人の知恵は、むしろ今こそ見直す価値があります。

     暑さは自然現象ですが、その暑さへの向き合い方は時代とともに変わります。私たちは過去を懐かしむだけではなく、新しい環境に合わせて知恵を更新しなければなりません。一見すると些細な変化ですが、その積み重ねが命を守り、健康を守ります。

     昔を知る世代だからこそ、時代の変化を素直に受け入れる姿勢を若い世代へ伝えていきたいものです。それこそが、本当の意味で経験を未来へ生かすことではないでしょうか。

    佐賀県呼子町 呼子甚六果実店